Gettysburg Address
Lincolnのゲティスバーク演説の結びの句、
"the government of the people, by the people, and for the people"
「人民の、人民による、人民のための政治」と覚えていたが、喜安璡太郎の『湖畔通信』でこの "of" の訳が誤りであることを教えられた。簡単に纏めておこう。
齋藤秀三郎の『実用英文典(Practical English Grammer)』では、前置詞"of"の所有格を説明する際に主語所有格(subjective possessive)と目的語所有格(objective possessive)を区別している。
主語所有格:
the conquests of Caesar
the writings of Plato
これらは、シーザー「が」略取した地、プルート「が」書いた書物であり、普通に訳せば「シーザーの略取地」「プルートの書物」となる。リンカーンのthe government of the people「人民の政治」と同じだ。人民「の」政治とは、人民「が」治めることだ。
だがこのofを主語所有格とすると、by the peolpleと意味がかぶってしまう。人民の政治(of the people)と人民による政治(by the people)は同じ事だ。
喜安璡太郎はこの"of"を目的語所有格とした。齋藤秀三郎の実用英文典の文例によれば、
目的語所有格:
Caesar's conqurst of Gaul
the writing of the book
つまり、シーザーがゴール人「を」征略/ 本「を」書くこと、だ。リンカーンの演説が目的語所有格であれば、人民「を」統治すること、となる。
governmentには「政府」と「政治すること」という2つの意味がある。リンカーンの用法は明らかに「政治すること」の意であるから、「政府」と訳してはいけないというのが喜安の論だ。人民「の」政治ではなく人民「を」政治することであり、目的語所有格だというのである。
福原麟太郎は『英国的思考』で適切な訳を示している。すなわち
- 人民が(by)人民のために(for)人民を(of)治める
素晴らしい。完璧な訳だ。
湖畔通信では、大家である市河三喜がこのofをthe people's governmentと解していると記している。日本語の「の」は、主格にもとれるし属格にも取り得る。
私は喜安=福原説の目的語所有格を取りたいと思うが、「主権在民」に慣れて自分達が主人公という意識が強すぎる現代日本人からすれば、治められる対象として目的語所有格を付与された人民を民主主義の主人公とするには抵抗があるかもしれない。