ドゴン。シリウス。
BRUTUS 1983年4月1日号 「黄金のアフリカ」
特別定価450円
p.83 黒アフリカから宇宙へ。<文:栗本慎一郎>
<はずれドゴン>
黒アフリカは、宇宙につながっている。切り立った断崖に住む20万人のドゴン族は、長い年月のあいだ、近隣の諸部族がイスラム化し、あるいはフランス人にまるめこまれても、決して同化せず、屈服せず、孤独な生を守り続けてきた。
そもそも、現在のマリ共和国の地、かつてのフランス領スーダン(現スーダンとは全く別)は、草の根に生えるという豊かな黄金の伝説の他に、人類学者マルセル・グリオールが、なんと25年間に及ぶフィールドワークの結果、世に報告したシリウス星についての不思議な伝承が偏在する土地なのだ。
夜空に、最も明るく輝く恒星シリウス。この星にまつわる伝説を持つ民族は、全世界にいる。けれども、マリの諸部族の神話が伝えるのは、いずれも、シリウスに住む生物または神が、我々地球人と直接関係があるということである点に特徴がある。そして、いずれも、金狼ジャッカルや神の犬を使いとして、人間の夢が宇宙を駆けることを説明するのだ。この地域のバンバラ族の仮面には、他のアフリカの諸部族と異なった特徴がある。空を飛ぶカモシカの角や、ジャッカルがしばしば象られているのだ。
東欧のトランシルヴァニアや、その周辺の南スラブ諸民族にあまねく吸血鬼の伝説があるように、この地の人々には、つねに地球人の故郷シリウスという伝説を持つ。ことに、バンディアガラを入口とする断崖の地に住むドゴン族、セグウ地域に住むバンバラ族とボゾ族、コウティアラ地域に住むミニヤンカ族が代表的である。
トランシルヴァニアの吸血鬼伝承が、当初のマニアックな追求から脱して、次第次第にその歴史的、生命的根拠が明らかにされてくるように、この旧フランス領スーダンのシリウス伝説も化学的に検証されねばならない。私は、先にトランシルヴァニアを訪れ、闇の中で吸血鬼とならざるをえなかった人々の悲鳴を聞いた。今回は、ぜひ、黒アフリカの一部がなぜ、最先端の秘儀として伝えつつ、かように宇宙のシステムに興味をもつのかを探りたかったのだ。
<夢は天空へ>
ドゴンが私の心を魅きつけたのは、グリオールの長年の研究と、アメリカのドゴン的はずれ者の研究者ロバート・カイル・グレンヴィル・テンプルの情熱のゆえであった。
フランス社会学の超大物マルセル・モースの弟子として出発したグリオールも学者としては目茶苦茶におかしな人だった。女を連れて行かないと、ちゃんと相手の社会に入れないと主張して、つねに、女性の学者や助手を連れて現地に入った。そして、シリウスにこだわる黒アフリカ各地の神話を採集し、世に出した。その彼が死んだ時、マリ国内で行われた葬儀には、なんと25万人もの現地民族が姿を現したというから凄い。全ドゴン人口より多いのだ。
グリオールが最初にドゴンの村に入ったのは、1931年のことで、このとき同行した一人がかの『幻のアフリカ』を書いたミッシェル・レリスである。もちろん、ほかにデボラという女性民族学者も同行している。
1940年代前後のグリオールのドゴンについての報告は、文字通り、全世界の知識人を仰天させた。ドゴンのシリウスや宇宙についての説明があまりにも整然として、近代天文学に照らしても正確だったからだ。
グリオールは、ドゴンがその部族内の特別の地位の者にだけ伝える、世界創造にかかわる秘儀を、全部伝えられたというが、活字ではその一部だけを報告した。具体的には、第4段階まである秘儀的伝承の第2段階までを、我々は彼の本により読むことができるというわけだ。
かつてアーサー・ヤングの協力者だったテンプルの関心の持ち方は、一風変わっていた。もともとなぜかシリウスとは何かについてこだわっていたテンプルは、グリオールとその仲間のディータランのドゴン研究を知って激しいショックを受ける。
彼は、「これは、真実だ」と思っただけではない。地球人が宇宙のいずれかの星の生物によってつねに観察されており、地球が具体的には何千年かに一度、定期的な形でコンタクトを受けているのではないかという仮説を立てるまでに到達する。となると、宇宙のどこかとはシリウス系であり、地球上のどこかと言えば黒アフリカの奥地バンディアガラの断崖のドゴン族の村なのではないか。
テンプルの著書『シリウスの謎』は、1968年に書き始められ、76年に出版される。私は、アメリカの留学中に購入したが、その不思議な内容にびっくりした覚えがある。しかし、この本は、テンプルの思い入れによる牽強付会や筋に関係のない無駄な長広告も目につくためか、決してその真価が理解されなかった。
しかし、我々は、この書の内容を無視することはできないのだ。誰でも、数年前に天文学ブームを呼んだブラック・ホール の理論を知っているだろう。宇宙空間において、極端に質量が集約され、無限に小さくなった天体であると、実際上はそれは何でも吸いこむ穴のようになってしまっているということだ。
その発見を導く根拠になったのは、ホワイト・ドワーフ(白色矮星)という、無限ではないが非常に小さく質量が集約された星の発見であった。かなり強力な天体望遠鏡の使用によって、シリウスが実は、大きな星シリウスAと、ホワイト・ドワーフたるシリウスBとの複合体系だと知られたのはごく最近のことでしかない。
シリウスA星の1万分の1の明るさのB星が、アメリカ海軍天文台で写真に撮られて確認されたのが、1970年のことである。けれども、ドゴン族はずっと前から小さくて重要な星シリウスBの存在を語り、ポーという名前までつけていた。あまつさえまだ学問的には未確認のシリウスCもあると語ってさえいるのだ。これは、いくらドゴン人の目がよくても見えるわけはないのだが。
ドゴン族が、グリオールの前で砂に描いてみせたシリウス系の天体運行上の軌跡図を見て驚かない人は立派である。なぜなら、それは全く近代天文学の成果と一致しているからだ。なぜ、こんなことを知りえたのだろうか。テンプルの考えでは、シリウス系の生物が、ドゴンに直接コンタクトしたということになる。
<嘘つきドゴン>
ドゴンの神話は、不可思議である。彼らはポー星と、極小の種子ながら大切なディジタリア(キビ)を結びつけている。このキビは、小さいが生命の源になるものなのだ。つまり、ドゴンによれば、我々人間全員は、すべてポー星からきた一族、つまり「ポーの一族」ということになる。「ポーの一族」は、神様アンマによって、天空の箱舟に乗せられて地球に来ることになっていた。男と女は、元来、一つの体であったのに、はたとちりしたはぐれ者の男の赤ん坊がいて、双子の相手の女をおいたまま、先に地球に到達した。おかげで、人間はつねに、自分と双子の女(あるいは男)を一生捜し求めることになってしまった。そのうえ、ヤツは、母であるはずの大地と近親相姦した。これが、人間の原罪である。
そのせいで、人間は永遠に死というやすらぎをえることができず、死んでも蛇の姿になるしかなかったというのだ。ドゴンの村で蛇やその仲間のトカゲが、やたら彫刻されているのはそのせいだ。
ドゴンの仮面は、蛇に変身するだけで死ねない人間の精神を救ってくれるためのものである。若者だけが仮面をつけることが許されていて仮面結社を形成する。彼らが、高い竹馬のような足をつけて踊る仮面の踊りは、はるかなる故郷、天空への回帰を象徴するのだ。
ところで、なぜか突然ながら、ドゴン族は実に「嘘つきドゴン」なのであった。
以上に関するかなり知識を持って訪れる旅人に、ドゴンの連中は、まことに奇妙な反応を見せる。
かつて、変てこな学者グリオールに洗いざらいしゃべった老人が出たことをシリウスから糾弾されたのか、 私のような人間を見ると、聞きもしないのに先方からワザワザ、「シリウスの話を知っている奴はもういないよ」などと話しかけてくるのだ。・・・もうその頃になれば、知っていようと忘れていようと、短期の訪問者などに彼らが何もしゃべるつもりはないことは、充分判っていた。
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断崖絶壁に住む孤独民族ドゴンの人々は、間違いもなく、不思議な連中だった。おそらく、今や地上の異邦人とでもいうべきだろう。シリウスにいる父なる神も愛想をつかしているかも知れないが、我々も神に愛想をつかしていい頃かも知れない。
文中で紹介されているテンプルの著書「シリウスの謎:THE SIRIUS MYSTERY」、当時は未邦訳だった。
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↓ グリオールの調査に対する反論(ドゴンのシリウス信仰は西欧から持ち込まれた結果)はこちら。
Dogon Restudied: A Field Evaluation of the Work of Marcel Griaule
Walter E. A. van Beek
Current Anthropology Vol. 32, No. 2 (Apr., 1991), pp. 139-167