P.K. 第5章 分節化
第5章は1〜12の節から成っており、1節でヒトと動物の違い・ヒトの知的優位性を言語使用の観点から整理しています。
(1)(動物と比較した)ヒトの知的優位性は、ほぼ全面的に言語使用に依拠している(due to)。
(2)言語使用はヒトの生得的な能力に基づいており、この生得的な能力がヒトは動物よりも優れていると考えざるを得ない。
(3)ただしその生得的な優位性は、言語を産み出せなければ、動物と比べてほんの僅かに優位であるに過ぎない。
ヒトの知的優越性を示す(分節的な)言語使用が依拠している生得的な潜在能力を我々は意識することがない。しかしヒトの言語獲得を説明するには、動物にも同様に観察できるこの非分節的な(言語以前の)能力を認識するべきなのである。
言語使用を通じて我々ヒトは動物を知的に完全に凌駕しているのですが、その言語使用が依拠している我々の(感知できない)生得的な潜在能力自体は、動物のそれと大きく変わらない、と語っています。
続く2節では、1節で示した「言語使用が依拠している我々の(感知できない)生得的な潜在能力」とは「学習」であるとし、動物や(動物にまだ近しい状態の)幼児が行う「学習」について3つに分類している。この分類は5章全体を通じて参照される重要な区分だ。
彼が「学習」とみなす行為は、生物(動物)の本能的な行動(例えば体内諸器官の動きとか)とは異なるものであり、それは知能の非分節的な(不明瞭で、感知できない)発現だ。
- Type A:技の学習
「レバーを押すと餌が出てくる」といった特定の手段−目的関係の「発見」です。結果、有る目的に資するよう行動を再組織します。運動性(motility)に根ざす学習。
- Type B:記号の学習
異なる印のついたドアが2つあり片方の特定の印のあるドアを開けると必ず餌があるという、記号−事象関係の「観察」(印は当然入れ替わる)。最終的にType Aと同じようになんらかの運動を引き出すが、ここでより重要なのはType Aとは異なる感覚性(sentience)です。記号を見てその記号自体が餌であるかのように飛びつくType Aのような手段ー目的の運動はしません。記号とその記号が指し示す事象との新たな関係を知覚の「場」に再組織しているのがBです。
- Type C:潜在学習
『意味と生命』でも例示されていますが、幼児は対象物を恒久的とは考えません。時計の上にハンカチをかぶせると、その時計は消えてしまってそこに「ない」と認識します。しかし徐々に空間的枠組みを構築し、見えず触れずともそこに時計が「ある」ことを推論し始めます。このように、直面する状況をある枠組み(規則性)で「理解」すること、これが(マイケルの語る)潜在学習です。ネズミは、有るルートが閉じられても他の新たなルートを選び出します。迷路全体の地図という枠(ルール、制約)が組み上がっていて、それに基づいて適切に自己チェックを行い、行動に移します。これらはすべて、萌芽的な論理操作といえます。
上記の3つのタイプの学習は共通して、2段階のプロセスを踏みます。
TypeA/TypeB/TypeC共通して、まずこれまで見られなかった新たな革新を非可逆的に達成します(正のフィードバック)。次にこの達成された革新・知識・枠組みを可逆的に操作します。この非可逆的・可逆的プロセスの差違の重要性は章後半で明らかにされます。
動物も保持しているこの3つの非分節的学習能力は、ヒトの分節的な最高水準の達成レベルでは次の学問分野とそれぞれ対応します。
- Type A:技の学習
特許となるような工学的発明
- Type B:記号の学習
帰納的推理に属するすべての自然科学
- Type C:潜在学習
数学や論理学などの演繹的諸科学
(続く)