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暗黙の焦点 別宅。

Michael Polanyiに捧げる研鑽の日々。

オグズ族 高車丁零

  

シルクロードの経済人類学―日本とキルギスを繋ぐ文化の謎

シルクロードの経済人類学―日本とキルギスを繋ぐ文化の謎

 

 P.107

オグズ族は、丁零、高車やその後の鉄勒を含むグループで、数的にはチュルク族の中心だったと思われるが、そこには突厥を建国したアシナ氏は入っていない。ところが定説では丁零、鉄勒も突厥もともにチュルクの音訳だと言ってきた。これは明らかにおかしい。

 

誰がそう言ってきたのかといえば、護雅夫です。 

古代遊牧帝国 (中公新書 437)

古代遊牧帝国 (中公新書 437)

 

 丁零とは、

匈奴のすぐ北方に接する地域、バイカル湖の南辺、セレンガ川流域から今日の西北モンゴル高原のコブト地区あたりにかけて遊牧して

いた種族で、

「高輪の車に乗る丁零(チュルク)」という意味に違いない 

「高輪の車を用いる丁零(チュルク)」の省略であることに間違いない

と断定します。

 しかし、「高輪の車を用いる」北方遊牧民は、その遺品から考えてたくさんいたはずなのに、なぜ丁零だけがことさら高車と言われた(『魏書』)のでしょうか。

再び栗本先生に戻りましょう。

 まず丁零とは、匈奴が自分たちの北、バイカル湖近辺にいたチュルク族をその文化的特徴であった車輪の使用に対応させて、古モンゴル語で車を意味するTeregeという語を当て、次いでそこに漢人が丁零という字を当てたものであると思われる。

丁零は音訳、それも古モンゴル語「車」の音訳であり、「チュルク」の音訳ではないというのです。 日本学士院賞受賞を受賞し、中近東文化センター理事長/古代オリエント博物館長などを歴任した学界の重鎮である護雅夫に反する栗本先生のこの主張は、果たして正しいのでしょうか。

 現時点でカザール帝国について最も詳しい分析を為している城田俊の、他の著書を引いてみましょう。

ことばの道―もう一つのシルクロード

ことばの道―もう一つのシルクロード

 

 城田俊も栗本先生と同じ論を展開します。

P.210

丁零を中古音で再構するとten(g)len(g)となります。上古音もさほどかわりません。これは今問題にしている古いモンゴル語telegenに似ています。少なくとも、それは護がいうようにTürk《チュルク》に似るよりずっと似ています。
そうするとこういうことが考えられないでしょうか。高車丁零とはtelegenに類する古いモンゴル語(古いチュルク語ではない!護雅夫『古代遊牧帝国』17頁参照)の意訳と音訳を兼ねたものではないかと。高車は意味を伝え、丁零はその音を伝えているのではないでしょうか。

ちなみに城田によると、車を意味する古モンゴル語telegen(teregen)はスラブ語に広汎にひろがっていますが、インド・ヨーロッパ語には類語がありません。チュルク諸語にもありません。 

 


<追記>

丁零=terege説は白鳥倉吉の唱えるところでもありました。 

 p.59 『蒙古民族の起源』

而して丁令・丁零は狄歴・勅勒と同名の異訳で何れも蒙古語車の義であるterge, terege, turugaの音訳であろうと思われる。・・(この説が許されるならば)車部の名は冒頓時代からあったものでなくてはならぬ。然らば匈奴の北方にあったTurk民族に高車部あるいは車部(terege 丁令)の名前を与えた蒙古人は誰であったか固より確なことはわからない。しかし丁令と最も接近した有力の民族は匈奴であってしかも匈奴はまた南漢人と最も交渉往来の繁かったのであるから、これらの事情に鑑み余輩は丁令(terege)の名を高輪車に乗って遷徒する彼のTurk人に与えたのも匈奴人であってまたこの名を漢人に伝えたのも匈奴人であろうと思う。