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暗黙の焦点 別宅。

Michael Polanyiに捧げる研鑽の日々。

古代文明、権力、文字、経済人類学

初回の関雄二氏の講義に参加した。

朝日カルチャーセンター新宿

 

前回の日記にあるとおり、我々の暮らす近現代の「成長の病」の発端となった(by 栗本慎一郎メソポタミア文明(シュメル人)とは異なり、アンデス文明には神殿(巨大建築物)はあるが文字と余剰生産物の再分配がない。おまけに車輪も、無い。

関によれば、考古学の分野においてはマルクス主義唯物論を踏襲する考古学の大家ゴードン・チャイルド(あのインディ・ジョーンズも影響受けた!)による次のような説明で古代文明の成立を説くのが主流だという。すなわち、定住農耕の開始による食料生産の増大が社会的分業を促し、社会階層の上位が権力を持ち、その力で神殿などの巨大建築物が構築される、というのだ。

  1. 食料生産増大
  2. 社会分化
  3. 権力成立
  4. 巨大建築物 

だが、1950年代からアンデスの遺跡探索を行っている日本の研究者チームの発掘が示す事実は、農耕定住が始まる前(それも圧倒的前、氷河期終了直後のB.C.8,000年頃!)に神殿が建築されるケースが明らかに複数存在するのだ。上述の1~3をすっ飛ばして、いきなり4である。チャイルドの古代文明成立仮説では説明できない事実だ。加えて、この神殿は建築⇒破壊を繰り返すのだという。神殿更新*1だ。いったい、何のために?

 とても興味深く面白い話だ(日本の発掘チームは是非セミレチエ/ミヌシンスクにも注力し、栗本歴史学を裏付ける遺跡を発見して欲しい)。ここで、経済人類学の知見に基づいて、アンデス文明を整理してみたい。

(1)文明の定義

古代文明というときの「文明」とは人間の社会のどのような状態を指し示すのか、まずはその定義をはっきりさせるべきだろう。先述したゴードン・チャイルドも文明と非文明の区分をしており、効果的な食料生産と文字が無い場合は「文明」から外しているようだ。経済人類学においては、文字を持ち、記録を作り知識を伝えるという形で情報の一定の蓄積がある状態を「文明」と定義する。その蓄積された情報をどのように処理するかという個別の情報処理システムが「文化」だ。そういう意味では、文字を持たなかったアンデス文明は「古代アンデス社会(共同体)」と呼称して良いかもしれない。

(2)無文字

文字がなく「文明」ではないからといって、優劣の価値評価で劣っているわけではないことは経済人類学が繰り返し主張する通りだ。西アフリカのサハラ砂漠以南に19世紀まで残っていた無文字社会は、ある面で文字文明以上に高度な天文学的知識や宇宙論をその口頭伝承神話に組み込んでいるのだ。*2

(3)権力の成立

平等で差がない埋葬事情が観察できる遺跡については、社会が未分化で権力支配も未成立だったろうと関氏は推論している(一口にアンデスといっても、B.C.8000年頃から直近ではA.C.1500年頃のインカ帝国までの遺跡があり、個別にいろいろな形で権力成立の兆候を推測していく訳だが)。

経済人類学的には、文字がない時点でその社会は均質で権力支配が未成立だと推測可能である。文字がないということは法(成文法)がないということだ。成文法が必要とされるのは、規範体系の異質なものが同一社会内に重層化したときに、固定的で明示的な成文においてそれを示さねばならぬからに他ならない。法とはある規範体系の「強制」であり、均質な社会には不要なのだ。法の支配と権力の成立を同じタイミングで展望できるのが経済人類学の強みである。

法・社会・習俗 法社会学序説

法・社会・習俗 法社会学序説

 
 (4)再分配と交易

 再分配がなかったということは、古代アンデス社会内部における経済パターンは互酬だったのだろう。無文字で均質な部族社会の典型だ。また、内部経済が互酬である場合には対外経済は沈黙交易であるのが人間の社会の通例である。古代アンデス社会においても他の共同体との間で、「接近せず」「言葉も交わさず」「交換尺度や価値尺度といった貨幣的手段も用いない」沈黙交易が為されていたはずだ。*3

一方、内部経済のパターンが再分配である社会では、対外経済は貿易港交易となり貨幣(全目的貨幣などでは決してない)が使用される。関氏は貨幣の痕跡についてもう少し注目して発掘すると、さらに面白い結果が出るかもしれない。

(5)神殿更新

関氏は前述の通り神殿を新しく「作り上げる」ことに古代アンデス人は意味を見いだしていたと考えているが、この点ははっきり違うと思う。やはり「破壊」することに快感を感じていたはずだ。関氏によると200家族が25年ぐらい地道に時間をかければ建設可能な建築物がアンデスの神殿だという。いったい何のために人生の半分以上の年月を割いて、途中で投げ出さずに神殿を建築し続けるのか。それは、共同体の成員が一生に一度は神殿(過剰)の破壊(蕩尽)により非日常的な快感を得るためなのだ。 

アフリカのダナキルで発生した人類(ホモ・サピエンス)は、ベーリンジア陸橋(今のベーリング海は陸地だった)を通ってB.C.10,000年ぐらいには南アメリカ大陸のアンデスに移動してきたと考えられている。最終氷期の末だ。既に「過剰-蕩尽」がセットされているアンデス人は、狩猟採集生活をしつつ、皆で何かを作ってはそれを壊すという習俗(ハビトゥス)を肥大化させ、細密なレリーフや見事な彩色をもつ巨大建築物を長期間に亘って構築し一瞬で破壊する(コカによる精神高揚と一体)という祭りにまで発展させたのだ。それは農耕定住や権力、文字の有無などとは無縁の、我々の始原の欲望なのだろう。 

*1:1998年まで日本の研究チームは「神殿埋葬」と呼んでいた。しかし、埋めて消し去ってしまうことではなく更新し作り上げることに意味があると解釈し直したそうだ。

*2:2012年9月8日の日記参照

*3:沈黙交易については2014年7月9日の日記も参照