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暗黙の焦点 別宅。

Michael Polanyiに捧げる研鑽の日々。

Raymond Aron and Michael Polanyi

レーモン・アロン回想録〈1〉政治の誘惑

レーモン・アロン回想録〈1〉政治の誘惑

二度の大戦をはさんで混迷するヨーロッパの知的・政治的動向を、ジャーナリストとして、あるいは社会学者・政治哲学者として、パリから発信・証言し続けたRaymond Aron。

彼は、The Congress for Cultural freedom を通じてマイケルと親交を深めていった。

いま、活動家時代のことで思い出すのは「文化の自由のための会議」のことだ。・・・会議を通じて知り合った傑出した知識人の中で、私が最も尊敬し、また愛着を感じる人物はマイケル・ポランニーだ。”硬派”の理科系出身、それもノーベル賞を受けるはずの物理化学者だったが、ある日突然転向を決意し、大学に担当の講座の変更を申請して哲学者になった、というきわめて珍しい経歴の持ち主だった。知識より英知を、新知識を蓄積するより、人間は自分を知らなければならない、とポランニーは経済と科学的研究の自由についての著作を発表した。とくに『個人的知識』 は力作だが、かぎられた範囲で評価されてはいるものの、おおかたは無視されてしまっている。哲学あるいは宗教的結論を言外に含むポランニーの認識論は、論理実証主義分析哲学が中心であった当時の英米系のどの学派からみても埒外だった。ポランニーにおける実在の位相表象、その反還元主義、真理を受け入れるにあたって想定される個人レベルでの誓約に彼が与えていた意味は、その著作の行間に信仰に至る道を読み取らせるものだった。その信仰とは霊、おそらく精霊へのそれだった。アイザイア・バーリンがポランニーのたどった道程について、皮肉な指摘をするのを聞いたことがある。ハンガリーの連中は妙だ、たとえばポランニー、偉大な学者だというのにノーベル賞を捨てて、平凡な哲学書を書いている、とバーリンは言った。だが仮にポランニーの哲学が平凡だとして---このことについては証明する必要があるが---、このような判断は、個としての人間という重要な側面を見落としている。

 

 マイケル・ポランニーは、科学的な研究を放棄して、真の自己完成と他者への奉仕を目指した。学者の自由だけではなく。市井の一市民の自由をも擁護することが彼にとってもまたすべての人間にとっても、早晩、誰かが成し遂げる科学的な発見より重要だったのだ。ポランニーにとっての自己完成は、化学者あるいは哲学者として認められることではなく、自己の良心、内心の声に認められることであった。それがポランニーとともに過ごすときを安らかでまた豊かなものにしていた。それは私たちがまさに彼のうちにある魂を感じとれたからだった。彼が優しくこまやかな心遣いをみせたことは、いうまでもない。しかしこうしたことはなにもポランニーに限らず優れた人物なら誰でもそうだ。ポランニーはそれ以上の何かがあった。ただ他人に対して優しいというのではなく、目の前にいる一人の人に対してだけ優しくしている、つまりそうされた相手が彼に全人的な個として認められていると感じさせたのだ。私たちは話し合う機会が比較的多く、二人の間に友情が生まれた、と私は思っている。ポランニーの七十歳の記念論文集に、私は「マックス・ウェーバーとマイケル・ポランニー」と題する一文を寄稿した。喜んでくれたのだと思う。礼状をもらったのを今でも大切に持っている。最後に会ったのは私がオックスフォード大学の名誉博士号を授与されたときだ。授与式で私は雑な講演をした(とくに原稿も書かず、英語で講演した)。ポランニーに劣らず知的で優しい夫人は講演を褒めてくれた。だがマイケルは夫人に同調しなかった。彼の誠実さからすれば妥協は許されなかった。それが友人であればなおさらだった。彼は、世界が発見することができないまでも、求めなければならないことについて語った。彼は、それは神だと言ったと思う。私の知る限りでは、ポランニーは一度もこの言葉を書いてはいない。

 アーロンが触れているマイケルの70歳記念論文集はこちら。

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