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暗黙の焦点 別宅。

Michael Polanyiに捧げる研鑽の日々。

計量的認識論(epistemometrics)

時 (KAWADEルネサンス)

時 (KAWADEルネサンス)

 やっと半分読み終えた。恋、いや、濃い、濃すぎる。エントロピーと観測と時間が、そんな関係にあったとは! 机の上が鱗だらけだ。

 並行してこれも読み始めているのだが。。。

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 えーーん、邦訳がほしい。村上陽一郎訳の全4冊があるにはあるのだが、絶版で古書も高すぎ。地道に読んでいこうと諦める。ググったら書評が見つかったので記録しておこう。

日本物理学会誌 第32巻 第9号(1977)

書評:渡辺慧著,村上陽一郎・丹治信春訳:『知識と推測』1975 全4冊

電通大 佐藤洋

 著者はその序言のなかで、本書は認識、推論、情報伝達、学習という過程のもついくつかの形式的な局面に関して定量的な研究を進めようという意図のもとに書かれ、したがって本書は「計量的認識論」(epistemometrics)とでも呼ぶべきものへの試論であると述べている。また本書で扱われる問題のすべては、情報の関与する問題で、著者は確率論を武器としてこれに定量的な研究を進めているので、本書は広く本格的な「情報の理論」と呼んで然るべきだと思われる。

 本書は従来の学問分野でいうと、哲学、心理学、数学、物理学、情報理論、計算機科学(特にパターン認識)などのきわめて広範な領域に渡った、著者の長年にわたる多くの優れた業績の集大成であり、著者はアマチュアの書いた書物であると謙遜していられるが、その広い分野にわたっての該博な知識と広い視野、多くの概念を構成して整理する手際の見事さ、および新しい問題に肉迫するみずみずしい精神などに感嘆させられる。

 実は本書の書評を依頼されたのは約1年前で、評者は高名な本書を通読する機会が得られたのを喜んだのであった。ところがその後何回となく通読を試みたのであるが、仕事は遅々として進まず時間ばかりやたらにかかってしまい、中断のやむなきに到るという過程の繰り返しであった。とうとう全体の約半分はやや丁寧に読んだが、残りの半分は完全なskimmingということになってしまった。全体を丁寧に読み上げるためには、評者の能力では少なくともまるまる20日位は必要のようである。このような始末となった理由を考えてみると、評者の怠慢もさることながら、どうもこれは本書の性格に根ざしているらしい。扱われる分野が広汎であり、問題を扱う論理が深いために、次々に出てくる新しい概念とそれらの間の関係とをしっかり頭に入れて、忘れてしまう前にかなり持続して読み続ける必要がある。

 本書が新しい独自な視点から書かれていることは、1,2章の普通の意味の情報理論を扱っている部分からも知ることが出来る。例えば2章で導入される相互依存性という量は、普通の情報理論では相互情報量と呼ばれ、通信路の入出力間の情報伝送で基本的な役割を果たす量であるが、本書ではやや異なった観点から捉えられ、その興味深い声質が述べられている。

 本書は九つの章から成っているが、ある程度重なりあう四つの部分(a),(b,(c),(d)に分けられるとされている。(a)は情報理論による構造分析で、第1章:情報理論の進歩(Elements of information theory)、第2章:構造分析(Structure analysis)、第3章:予見と遡見(Prediction and retrodiction)より成る。(b)は帰納的推論と演繹的推論の数理論で、前述の第3章、第4章:演繹と帰納(Deduction and induction)、第5章:演繹と観察--H定理と負エントロピー原理--(Deduction and observation -- H-theorem and negentropy principle--)、第6章:帰納と学習--逆H定理--(Induction and learning -- Inverse H-theorem --)より成る。(c)は概念形成と分類で、第7章:論理と確率(Logic and probability)、第8章:クラスと概念(Classes and concept)より成る。(d)は量子論理と情報で、前述の第7章と第9章:非ブール的情報理論(Non-Boolean information theory)より成る。訳書の4分冊もほぼ上の四つの部分に対応している。

 翻訳は概して正確でよどみがなく良い訳である。さらに原著の誤りをも訂正されているという。評者の目についたわずかな難を拾えば、通信のほうの述語で、その訳がすでに定着しているものについては、それを用いたほうが良かったという程度のことである。(例えばコード化は符号化、戻しコード化は復号化など)。

 評者の佐藤洋が引用している、序言の原文も再録しておく。 

Neither are we interested in psychology, neurophysiology, or mechanical models of brain. We may perhaps this work an attempt at "epistemometrics". 

 目次構成をみると、こっちをちゃんと読めばそれで大枠は掴めそうな気もするが、まぁ、頑張って原書を読み進めよう(何と言っても、渡辺が初めてマイケルを引用した本だしな)。

知るということ 認識学序説 (ちくま学芸文庫)

知るということ 認識学序説 (ちくま学芸文庫)