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暗黙の焦点 別宅。

Michael Polanyiに捧げる研鑽の日々。

LEMSIP 訪問記

A visit to LEMSIP (Laboratory for Experimental Medicine and Surgery in Primates)
寺尾 恵治

 名称とは不思議なもので,単に頭文字をつらねただけの略称であっても,常々それに接していると何となく独特の風格を持ってくるものである。LEMSIP は Laboratory for Experimental Medicine and Surgery in Primates の略であるが,レムシップの響が一人歩きしている。良い名だ。New York 市内から北へ車で約 1 時間,LEMSIPのある Stering Forest は学園都市という感じで,その名にはじぬ深い森のあちこちに IBM 等の企業の研 究 所を含め十 数の研 究 所が点 在している。LEMSIP はその中でも北端に位置していた。冬枯れの木立に囲まれた大小十あまりの建物の大半は木造で,周囲の森と調和し た落着きのある建物が縦横に入り組んでおり,本館の内部はまるで迷路の感があった。

 LEMSIP は組織上 New York University Medical Center に属し,霊長類を用いた医学実験を支援する機関として 1965 年に設立された。ここではチンパンジーとヒヒをそれぞれ約 150 頭,さらに新世界ザルその他約 150 頭の計 450 頭余りを飼育しており,これらのサルを使 用して年間百数十人の研究者が実験を行なっているという。このような研究者に対する技術援助や材料提供等の支援活動の他に,霊長類の血液型に関する WHO のリファレンスセンターおよび NIH の National Chimpanzee Breeding Programの2つの公的業務と研究者,学生,WHO の visiting fellow に対するMedica Primatologyに関す る教育機関としての性 格も有す る。「これだけの業務を数少ないスタッフでこなしてゆくのは 並 大 抵 の努 力 で は な い 」と い う Director, Moor-Jankowski 教授の言葉に実感がこもっていた。彼の招集で彼のオフィスに6名のcore scientistが集まってきた。それぞれが獣医学,疫学,生殖生理学,血液学等の専門家であり,異なる専門分野の人材を適所に配置し合理的な運営が行われているようだ。

LEMSIP における「実験動物としての霊長類」というとらえ方は,基本的には TPC のそれに近い。例えば,バイオハザードに対する配慮という点では,今回見学の機会を得た米国内の他の霊長類センターで感じた異和感をここでは全く感じなかった。細かいことかもしれぬが,見学者である我々にボウシ,マスク,白衣,手袋,オーバーシューズの着用を求めたのはここだけであった。このような考え方は Goldsmith や Moor-Jankowski 達のすぐれた先達の指導によるところが大きいのかもしれぬが,私には 150 頭のチンパンジーを保持し,Medical Primatology を開拓し先導してきたLEMSIPの自信の表われという気がしてならない。確かに150 頭のチンパンジーコロニーというものはすごいものである。Dr. Mahoney に案内されて,繁殖室を見学したが,モノレールシステムによる大型ハングケージが並ぶ飼育室は圧感であった。汚物は床に敷いた特大のビニールシートごと焼 却するという。LEMSIP 御自慢の dry system である。「チンパンジーには愛情をもって接してやらねばいけない」という Dr. Mahoney の言葉どうり,案内された色とりどりの楽しい雰囲気の保育室では,何とヒトの乳幼児と同じ恰好をした 3 ヵ月齢のチンパンジーが 3 頭,若く美しい女性の世話係にあやされながらベビーサークルの中で這いまわっていた。その 1 頭を抱きあげ,頬擦りをする Dr. Mahoneyを見ながら,あらためて実験用霊長類としてのチンパンジーの位置を考えさせられた。

 LEMSIP を 訪れ た も う ひ と つ の目 的は ,Landsteiner Wiener, Moor-Jankowski と続いた霊長類の血液型研究のメッカの現状を知ることにあった。現在,この分野の仕事を中心となって継続している Dr. Socha と 2 時間近く意見交換をする機会を得た。50 代半ばという年令のゆっくりとかみしめながら話す彼の口調には,偉大なる先達の業績をひきつぎ,現在霊長類の血液型の分野では第 1 人者であるという自負と情 熱が感じられた。「霊長類の血液型に関する相互の情報交換をやろうじゃないか」という Dr. Socha 言葉を聞きながら,この言葉を単なる外交辞令にしてはならぬという思いを強くした。あらゆる面から見て,LEMSIP は TPCの最良のパートナーとなり得る。近い将来,種々の分野で情報交換が一層活溌化する事を念じつつStering Forest を後にした。