暗黙の焦点 別宅。

Michael Polanyiに捧げる研鑽の日々。

読書:戦中の意思決定システム

戦中戦後のことはなんとなく知ってるような気になっているだけだったな、俺。

瀬島龍三という個人を縦糸に、日本的「空気」が醸成される様子がよくわかる。

お薦め。

東アジア各国への戦後補償スーキムの中で商社が焼け太りしていく様子も興味深い。

沈黙のファイル―「瀬島 龍三」とは何だったのか 新潮文庫

沈黙のファイル―「瀬島 龍三」とは何だったのか 新潮文庫

 

<陸軍の意思決定権が課長級に降りる>

 皇道派青年将校らが決起した軍事クーデター(1936年2.26事件)は、内大臣斎藤実や蔵相高橋是清ら政府要人を暗殺、日本中を震え上がらせた。この時、陸軍上層部はすっかり自信を喪失していた。ある将軍は青年将校が自分を殺しに来たと思い、門を閉じ、部屋に逃げ込むようなありさまで、弱腰の陸軍上層部に事件を処理する力はなく、中堅幕僚が主導権を握った。 

 

 1939年8月、独ソ不可侵条約締結で平沼駄一郎内閣は「欧州情勢は複雑怪奇」と声明を出し退陣した。陸軍省の国会対策の責任者だった軍務課長の有末精三は、後継に陸軍大将の阿部信行を担ぎ、阿部内閣を誕生させた。「有末課長の動きは昭和天皇の耳にまで入り、天皇が不快感を表したほどだった。

 

 連鎖的に起きた陸軍の権力下降。筒井はその背景の一つに日本特有の稟議制があると指摘する。「陸軍の意思決定システムが米国のようなトップダウンでなく稟議制なんです。課長より下の参謀が立案し、トップにもみ上がっていく。ある意味で意思決定に平等主義的な要素が強いんです」

 稟議制は戦後の今も官庁などで一般的に採用されている意思決定システムだ。上層部の決定を一元的に下に降ろすやり方ではないから、下が結束して何かやろうとすると止めにくい。 

 <大本営命令>

 天皇の命令「大本営命令」は作戦課が原案を作成する。作戦部長、参謀総長島の決裁を経て、最終的に天皇の裁可で発令される。統帥権(軍の最高指揮権)独立」の建前から内閣や議会は直接関与できず、天皇参謀本部の原案を拒否することもまずない

 「しかし参謀総長にしてみれば、自分が上奏して陛下の裁可をもらったガ島の奪回作戦だからね。後に引けない苦しみがあった。陛下の方も下から撤退を言ってこない限り、自分から言えない。おかしなことだが、当時はだれも撤退を言い出せない仕組みになっていた」

 <731部隊と東条>

 1944年4月下旬、東京・市谷にある陸軍省の大臣室。東条英機の怒りはすさまじかった。「けしからん。 おれは陸軍大臣であり総理であり参謀総長だ。すべてのことについてこれ以上の責任者はおらん。そのおれに黙ってやるとは」東条が激怒したのは陸軍省医務局長、神林浩の報告などから、七三一部隊による細菌戦計画が進行しているのが分かった時だ。 「参謀本部作戦課は東条さんに内緒でシドニーやミッドウェー、ハワイなどにペスト菌攻撃を行おうと計画していた。 それが東条さんに知られてしまったんだ」

 

 米軍は既に南太平洋を制圧し、日本軍の中部太平洋の拠点サイバン島に迫っていた。作戦課は戦局転換のため米軍などへの細菌攻撃を計画した。だが毒ガス使用に反対した天皇は細菌兵器も許さない見通しが強かった。作戦課は陸軍省の医務局と連携し、天軍隊皇や東条に内緒で準備を進めた。

 当時の作戦課側の発言が元医事課長、大塚文郎の備忘録に残っている。「ガス(毒ガス)陛下は不可で許されぬ。局長(医務局長)は上奏せぬが可と言はれた、参本(参謀本部)は上奏せぬ事に決定した……総理大臣にも言わぬ方が可」

 

 東条はなぜ細菌兵器使用に否定的になったのか。その謎を解くカギは1942年4月、ドウリットル米軍中佐らのB25爆撃機による本土空襲だ。乗員8人が日本側捕虜となり、うち2人が銃殺された。「東条さんは処刑は誤りだったと後で思うようになり、それから国際法遵守の考えに変わった。その背景には天皇の姿勢があったと思う。東条さんは天皇の考えを忠実に守ろうとする人だったから」

 <ソ連参戦は織り込み済み>

1945年5月、大本営ソ連参戦時に関東軍南満州の山岳地帯・通化に撤退させ、満州の残り四分の三を放棄する作戦計画を決めた。持久戦に持ち込み、ソ連をてこずらせ、本土決戦を有利にするのが目的だ。国境地帯の開拓団への避難勧告はなかった。

関東軍作戦班長、草地貞吾が言う。「(ソ連の対日参戦までは)ソ連軍を刺激しないための『静誰確保』が関東軍に与えられた任務だった。国境近くの軍や開拓団がいなくなり、ソ連が無血進撃してきたら大変だからね。悪く言えば案山子の役割をして、国境地帯でのこちらの存在を誇示する必要があった」

ソ連参戦4日目の12日、関東軍総司令部は通化に後退した。各地で戦闘が続く中、避難民の多くは軍の保護なしに広大な原野に取り残された。 

 

Polanyi前夜(これはFictionです)

栗本先生は、学究生活の初めから「歴史」に強い関心を持っていて、最後に世界史に還っていったんだな、という話*1

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 慶應義塾大学の学部時代、栗本先生は文学研究会と理論経済学研究会に参加していたが、2年の後半から自治会の方が忙しくなってやめてしまった。卒論は金融論。東海銀行に内定が決まっていたところ、「どうも銀行ではやっていけないんじゃないか」と思い始めて大学院に進んだ。慶應の院には社会経済学史会で活躍していた塾長の高村象平がいて、そこで経済理論をやった。

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当時の西洋経済史は大塚史学が主流の生産力中心史観。社会は最初非常に単純だが、だんだん複雑になって発展していくという考えで、その発展のゴールがイギリス産業革命だった。典型的な資本主義成立の道を歩んだという意味でイギリスは日本の目指すべきモデルであり、国内生産から市場が徐々に拡大していくことで資本主義経済が形成される(一国資本主義論)という説明がなされた。

また、文系の研究方法はどこをみても訓詁主義の文献第一主義であり、マルクスの『資本論』がバイブルのように取り扱われ、彼の一言一句に本居宣長の『古事記伝』のように訓を付ける作業が学問とされ、論文の末尾に総括としてマルクスの引用を掲載することさえあった。

栗本先生は進学した大学院のこうした知的状況に大きな違和感を感じた。実際、イギリスの産業革命は国内に閉じた毛織物工業から起こったのではなく、インドとの対外交易(綿製品)を中心に起こっていたのだから。明確に言語化できていなかったがマルクス貨幣論にも不満だった。学問としての経済学には先行きがないんじゃないか、どこかでオレと同じことを考えている学者はいないのか。

ちょうどそのころ、和歌山大学経済学部長に就任したばかりの角山榮が自宅で『イギリス史研究会』を立ち上げた。「大塚史学以後のイギリス史は魅力がない。今後どうすればよいか研究会を開いて頂けませんか」と川北稔と村岡健次の両名が角山の私宅を訪れたのがきっかけだった。

角山は戦前から京大で経済学を学んでいた。関西ではもともと大塚史学に批判的な研究者が多かったが、角山も、大塚に魅せられてイギリス経済史を専門に研究を開始したものの、大塚史学の誤りを訂正したり、新しいキーワードで私論を展開するなど独自の活動をしていた。また、今西錦司共同研究会(全く異なる専門分野の研究家を交えてあるテーマの討論・研究を進める場)にも参加した。ある日、研究会のメンバーだった植物学者の中尾佐助から角山はイギリスの食事について尋ねられた。曰く、イギリス人は何を食べているのか、イギリスの台所にまな板はあるのか、包丁はあるのか等。文献第一主義に慣れた角山は中尾の質問に答えられず恥をかいた。が、振り返って、こうしたイギリス人の暮らしを支えている基本的なことをまったく知らずして果たしてイギリスの歴史を語れるのか。角山はフィールドワークの重要性を強く意識し、イギリス留学を通して人類学のフィールドワークの手法を経済史に積極的に持ち込んでいた。

私宅での『イギリス研究会』を始めて間もなく大学紛争がいっきに全国に拡大した。多くの大学で全学ストによる学校封鎖で授業ができなくなった。そこへ研究会に飛び込んできたのが、イギリス産業革命期の鉄工業の研究をしていた慶應院生であり、慶應全学ストのリーダーである栗本慎一郎だった*2

栗本は東京からわざわざ東名高速名神高速を三菱の新車で*3飛ばしてやってきた。遠方だから声をかけた覚えはなく、角山は驚いた。 おそらく口コミで誰かから情報をきいて駆けつけたに違いない*4。角山の家に入ってきたとき、段ボール箱を担いでいたので「それなに?」と聞いたら「束脩です。中味はかっぱえびせん。やめられない、とまらない、そのコピーは自分が作ったんです。」とこたえた*5。それ以後、毎月1回開く研究会にはスト、大学封鎖が続く限り、東京からクルマで駆けつけて参加した。栗本のそうした行動を高村象平は知っていたようで、しばらくして高村から角山宛に「栗本君をよろしくご指導給わりたい」と記した手紙が届いたそうだ。 

角山榮はその後、『茶の世界史』『路地裏の大英帝国』といった書籍で生活史の視点から見事に世界史を切り取ってみせた*6

茶の世界史―緑茶の文化と紅茶の社会 (中公新書 (596))

茶の世界史―緑茶の文化と紅茶の社会 (中公新書 (596))

 

 

路地裏の大英帝国―イギリス都市生活史 (平凡社ライブラリー)

路地裏の大英帝国―イギリス都市生活史 (平凡社ライブラリー)

 

 

しかし栗本先生は生活史には進まなかった。

フィールドワークの結果としてお茶に注目し、お茶とそれをめぐる事柄がヨーロッパの歴史を決定している、という視点は面白い。でも、そうした視点はいくつでも展開可能だ。砂糖とそれをめぐる事柄がヨーロッパの歴史を決定しているとしたのが『甘さと権力』だった。

甘さと権力―砂糖が語る近代史

甘さと権力―砂糖が語る近代史

 

お茶と砂糖、どちらが正しいのか、どちらも正しいのか。

不毛にすぎる。

そして栗本先生はカール・ポランニーに出会い、経済人類学を選んだのだった。

 

 

 

 

*1:2014/11/08に栗本先生に確認したところ、角山先生の記憶が間違っている、とのこと。

*2:2014/10/18 追記:栗本先生に本件を直接尋ねたところ、「いや、院生時代じゃなくて天理大学に就職したあとだったはず」、とのこと。

*3:2014/10/18 追記2:これも直接栗本先生に聞いたところでは、学生時代はポンコツ自動車で新車になんて乗れなかった、とのこと。

*4:2014/10/18 追記3:繰り返しになるが、栗本先生本人の弁によると、院を卒業して天理大学時代に角山さんから声がけがあって出向いた記憶はあるのだが・・・とのこと。

*5:2014/10/18 追記4:しつこいが、これも栗本先生の記憶にはないらしい。次回11/08に再度お会いするので、その時に本書を持ってくるようにとのご指示有り。

*6:2014/10/18 追記5:これまた栗本先生に教えてもらったのだが、10/15に角山先生は逝去されていた。知らずに質問した自分が恥ずかしい。合掌。

沈黙交易 1979-2013

著者アイヌ関連の精力的な研究者で有り本書が刊行されたことも知っていたが、先週新宿の紀伊國屋書店で偶然見つけてページを繰ると、「栗本」「ポランニー」が頻出している。購入し読んだ。栗本経済人類学に関心のある方にはお薦めしたい。

アイヌの沈黙交易―― 奇習をめぐる北東アジアと日本 ―― (新典社新書61)

アイヌの沈黙交易―― 奇習をめぐる北東アジアと日本 ―― (新典社新書61)

 

 瀬川によれば、沈黙交易の実在については疑問の声も有り、「ポランニーや栗本慎一郎のようにこれを実在の習俗と考え」る研究者がいる一方、「沈黙交易に関する資料は聞き書きばかりで、実証的に裏付ける証拠はきわめてとぼしい、とその実在を疑う研究者も少なくない」と言う。この議論は実は1979年の『経済人類学』第6章 沈黙交易でも触れられていて、  

経済人類学 (1979年)

経済人類学 (1979年)

 

  デ・モラエス・ファリスやゲイバーらが「きちんとしたフィールドワークによって裏付けられたものではない」とその実在を否定しているとしている。2013年の瀬川が引き合いに出している否定論者はフィリップ・カーティンだ。これは、友人であるドン・デ・ヴォイさんがmixiの栗本コミュ及びカール・ポランニーコミュで2010年6月に紹介してくれていた(ただしそこでは、沈黙交易論への反論ではなく再配分論への反論としてのご紹介だった)。 

異文化間交易の世界史

異文化間交易の世界史

 

 瀬川は「アイヌや北海道に限ってみても、沈黙交易は古代・中世・近世各時代の資料に記録されており、さらに日本側資料だけでなく中国側資料にもみられるのです。これらの記録をすべて虚偽として一蹴することはできそうもありません。」と、栗本・ポランニーに賛同を示し、沈黙交易=異人との接触忌避交易(栗本理論)を敷衍し、具体的にアイヌにおける沈黙交易の実例文献分析及び彼らの表層上の意識である穢れ観念について論を進めます。

またコロボックルについても、栗本先生は「和人に追われて北海道の地に来たアイヌのさらに先住民族の表象」だろうとしていました(1979)が、瀬川によると北海道アイヌから15世紀頃に分かれた千島アイヌだろうとの独自の立論も展開していて、面白い。

ちなみに、瀬川も栗本先生(1979)も沈黙交易の先行研究としてグリアソンを引いているが、

沈黙交易―異文化接触の原初的メカニズム序説

沈黙交易―異文化接触の原初的メカニズム序説

 

 2013年に文庫化された『経済人類学』の脚注では「邦訳も出たが、原著を読んだ方がよかろう。」と、きちんと後続邦訳をフォローしていて、さすが先生!と感心してしまった。w (それにしても、ハーベスト社の邦訳の着眼点はユニークだね) 

経済人類学 (講談社学術文庫)

経済人類学 (講談社学術文庫)

 

 今回のエントリの結論。

  1. 2013年の文庫版まえがきで「展開を期待したものがほとんど実現しなかった」「諸学者の研究を喚起したいという意味も意識」していたが「33年たってもまだ十分ではない」と栗本先生は嘆いているが、こうして瀬川のように自分の研究分野に消化・展開してる例もあるのです、先生。
  2. が、しかし一方で、では沈黙交易の意味は何か(社会の全体性に従属する不可視の諸制度のひとつ)という点については、1979年の『経済人類学』第6章及び第12章で披露している「実在論的認識論及び生命論」が現時点で広く研究者に膾炙しているようにはみえないのも事実。前述のまえがきで「ああここはカール・ポランニーでなくマイケル・ポランニーを論じておくべきだったな」としているのは、まさにこの点だろう。私の、課題だ(と、嘯いておこう)。
 

amazonの注文履歴から振り返る2013年に読んだ本

まず1月に購入したのは、リスク学の中西準子が2012/11に出した福島原発本だった

リスクと向きあう 福島原発事故以後

リスクと向きあう 福島原発事故以後

 

 続いてウィトゲンシュタイン本やファインマンを読んだ後に、栗本先生がラジオで共演して何かと頼りにしてそうな川嶋朗の本を買って読んだら、つまらなかった。 

心もからだも「冷え」が万病のもと (集英社新書 378I)

心もからだも「冷え」が万病のもと (集英社新書 378I)

 

 小学館プロダクションが翻訳を頑張っているアメコミやバンドデシネから、2月に買ったのが『V フォー・ヴェンデッタ』で、これはまあまぁ。 

V フォー・ヴェンデッタ (SHOPRO WORLD COMICS)

V フォー・ヴェンデッタ (SHOPRO WORLD COMICS)

 

そうそう、最終弁当翁の初めての著作も読んだな。

マイケルがThe Study of Manで褒めていたヴィンデルバント岩波文庫で買って読んだら、物理化学的な下層の素材は無時間的で法則定立的で、原子や分子に個性はないが、上位の層になればなるほど個性記述的で一回性が強化されると言う指摘は、とても面白かった。 

池田清彦の「エピジェネティカルな形態形成プロセスの変化」という指摘、外胚葉発生プロセスの変化がヒトを産み出したという指摘に痺れて、専門入門書を読んでこの指摘は正しいとの思いを強くもした。 

エピジェネティクス 操られる遺伝子

エピジェネティクス 操られる遺伝子

 

学生時代に栗本先生が褒めていた潜入ノンフィクション本を思い出して改めて読み、息子の命よりも大事な価値というものがあるのか、と考えさせられたのも今年の話。 

説得―エホバの証人と輸血拒否事件

説得―エホバの証人と輸血拒否事件

 

マイケルのCommitmentを、ハイデガーのEntwurfやホワイトヘッドのprehensionといった用語と比較するのに、西洋哲学史はとても簡便で役立つものだった。一家に一冊あると便利。 

概説 西洋哲学史

概説 西洋哲学史

 

 楽典の基礎を知りたいなと思って買った本は積読のまま、栗本慎一郎JKUの会報をヤフオクでGetし、そこで大和雅之先生が推奨していた本を3冊買って読んだ。うち1冊は廣松渉だったが、一番印象的だったのはケーラーのゲシュタルト心理学。 これは必読。 

ゲシタルト心理学入門 (UP選書 76)

ゲシタルト心理学入門 (UP選書 76)

 

 マイケルがいう「原理」をもっと理解したいと思って、機械の原理=工学本を読んでいるうちに、栗本先生の『全世界史』が発売された。参考文献などを示してくれないので理解に苦慮し、古田武彦の『真実の東北王朝』や大山誠一の聖徳太子本、久慈力の蘇我氏メソポタミア本や加藤九祚中央アジア・ユーラシア関連本を読み継いだ。カタリ派弾圧の十字軍にも関心を持ち小説を読んだ(『聖灰の暗号』)。地球儀も買ってしまった。笑

 

最終講義と併せて、明治大学で開かれた「最後の授業」の動画も完全保存版。 

栗本慎一郎最終講義―歴史学は生命論である (有明双書)

栗本慎一郎最終講義―歴史学は生命論である (有明双書)

 

 経済人類学が講談社学術文庫におちたのも今年の出来事。山口昌男は鬼籍に入り、ユリイカで特集が組まれた。 

 Polanyi Societyの設立メンバーに「ダグラス・アダムス」という人物がいて、あぁこれは銀河ヒッチハイクガイドの「あの」イギリス人ダグラス・アダムスだろうと早合点してシリーズ全5巻を文庫本で買ってみたら実は別人だったという、笑ってしまう思い出も作った。 

銀河ヒッチハイク・ガイド (河出文庫)

銀河ヒッチハイク・ガイド (河出文庫)

 

 故郷いわきの炭鉱発見者 片寄平蔵を描いた『燃えたぎる石』は、是非ともお勧めしたい熱い物語だ。

燃えたぎる石 (角川文庫)

燃えたぎる石 (角川文庫)

 

 そうそう、今年忘れてはならないのが、渡辺京二本の出版ラッシュ、というかバブル。いくら何でも出し過ぎ。一過性のブームにして欲しくないのに。三苫先生も書評に書いていたけれど、カール・ポランニーを引いて面白かったのが『日本近世の起源』。私は、『なぜ今人類史か』か、石牟礼道子を描いた『もうひとつのこの世』を押したい。  

もうひとつのこの世《石牟礼道子の宇宙》

もうひとつのこの世《石牟礼道子の宇宙》

 

 宇宙物理学の須藤と科学哲学の伊勢田ががっぷり組んだ『科学を語るとはどういうことか』も今年の必読本。須藤の圧勝なのだが、生物学目線で見ると伊勢田に一理ありという意見もある。 

 マイケルの神学的含意ときちんと考える時期だなという思いも強く、マイケルを引用しまくりのNewbigin本を斜め読み。   

Proper Confidence: Faith, Doubt, and Certainty in Christian Discipleship

Proper Confidence: Faith, Doubt, and Certainty in Christian Discipleship

 

 併せて、フッサール現象学本をいくつか読んでいくと、斎藤慶典が素晴らしい手際でフッサールの問題設定を描いていた。講談社選書メチエは『マイケル・ポランニー 自由の哲学』も出していて面白い。本書を読み進めると、マイケルの問題意識はフッサールと重なるのが明確に判る。フッサールを理解することでマイケルがもっと理解できる。これもお勧め。 

フッサール 起源への哲学 (講談社選書メチエ)

フッサール 起源への哲学 (講談社選書メチエ)

 

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結局、2013年は栗本Yearだったというのが私の今年の読書の結論。学長を辞めた先生の、次の展開に期待したい。 

 

祝!師弟共演

毎週日曜日21:00のラジオ番組「栗本慎一郎の社会と健康を語る」にて、2週連続で大和雅之さんをゲストに迎え、

  • 再生医療からみた、人間とは(生命とは)何か

というテーマで話が進められた。大和さんは現在、東京女子医科大で再生医療の研究を進めている。Twitterでフォローさせてもらっているが、海外への出張が多く忙しそうだ。

ちなみに東京女子医科大と言えば、クラーゲスの翻訳で有名な千谷七郎がいたところで、三木成夫は不眠症で千谷にお世話になっている。栗本先生がラジオ番組で共演している川嶋朗も、東京女子医科大付属の青山自然医療研究所クリニック所長だ。片方で最先端の生命科学、片方で放射線ホルミシスや温感療法などの境界治療。懐の深い大学だ。

11月24日と12月1日の2週にわたって放送されたので、師弟共演の記念にポイントを記録しておくとともに、私見を少しだけ。

==11/24==============

大:中学校3年の3月に『現代思想』で栗本先生の原稿を初めて読んでファンになった。高校の時に世田谷の区民会館で先生が講演(経済はオイコスとノモスだ、みたいな話)をした際に聞きに行って、楽屋で著書にサインをもらった。これが先生との出会い。33年とか34年前の話。

大:iPS細胞を使った臨床はまだまだ先。私が研究している再生医療は、患者さん自身の細胞を使って治そうということで細胞シートを使い、実際に治療している。

栗:私は脳梗塞で脳細胞の一部を失ったが、再生医療で治して欲しいとは思わないね。

大:(苦笑)研究している研究者はいるが、従来から、脳細胞と心臓は再生しないと言われていた。これには理由があって、脳細胞で再生がガンガン起こると、記憶やスキルや言語などの組み替えが起こり不都合。心筋なども再生が起こると不整脈となる。これらのような器官の一度造られた回路を再生するのは、技術的に可能だとしても慎重に行くべき。

栗:脳梗塞の問題に限らず、現時点で世間は再生医療に期待しすぎ。手法を確立するためのトライアルが出来ない。今回失敗したから次頑張りましょう、という訳にはいかない。

大:現時点で実際に再生医療を行ったことのある箇所としては、角膜・皮膚・食道・歯肉、軟骨など。

栗:細胞シートというのは、細胞同士を単純にくっつけたものなのか?

大:再生医療で使う細胞シートとは、細胞単体ではなく、複数の細胞が一定の関係性を持ってシートを作り上げている(と思われる)。細胞単体には見られないある秩序を備えているのが細胞シート。ばらばらの細胞を移植しても何も起きない。器官を構成する「組織」としての細胞シートだからこそ再生が起きる。

栗:細胞をあたかも機械の部品のように入れ替えればOKだという考えは、(私の)経済人類学的思考ではない。細胞と細胞の間の「関係性」が重要で、この「関係性」が「部品」になる。人間の生体の中では、関係性として成立している。壊れたからポンッと入れ替えれば良いというものではない。

栗:再生医療と不死。人間の設計という点からは、最大150年ぐらいは寿命が延ばせそう。一方、人間がどのぐらいまで生きられるかというのは哲学的な問題で、そもそも無意味だと思う。

大:骨髄移植や臓器移植を受けた患者は、移植後に性格が変わるということが結構ある。

栗:再生医療を受けた人間が150歳まで生きたとして、Aさんとして150歳まで生きたのか、全く別の性格のBさんに途中から変わったのか、はたまた全く別の生き物として150年生きたことになるのか。人が何歳まで生きるかというのは、ものの考え方とか価値観の基本が変わらなければセーフだが、私のカラダを使っていても「他人」である可能性の方が高い。同一性を保持しようと思えば、せいぜい120年から150年が限度ではないか。性格も変わって、感覚も変わって、それで150歳まで生きたいですか、皆さん?

==12/01==============

栗:再生医療から人間とは何かを語ろう。30分のラジオ番組で決めちゃうのは大変なだが。笑

栗:私は神道国際学会の会長をしているが「神とは何か」のほうがよっぽどわかりやすい。「人間と何か」。難しい問題。結論から先に言えば、ヒトの生命というのは社会や自然の中の関係性の中で浮いていてかつ固定されている、そういったもの。

大:分子生物学や生化学をやると、判らなかったことがいろいろ判って面白いが、生き物が対象だったはずなのに生命らしさがだんだんなくなってくる。では、その生命らしさとは何か。再生医療で面白いのは、分解するのではなく、ある種組み立てているということ。このほうがより生命を理解できるのではないか。

栗:分解するより組み立てる方が生命の本質に近づける。その通りだと思う。飼ってる猫がたまに死ぬ。化け猫でも会いたいと思うけれど、ペットのクローンが戻ってきても、同じ顔・同じ爪・同じ肉球だろうが、同じ生命が帰ってきたとはたぶん思えない。

大:エピジェネティックスということが最近生命科学で言われている。遺伝子が全てならクローンは同じ生命だが、遺伝子に還元されないものが確かに有り、それが生命。

栗:脳が死んでいれば生命として死んでいる、私はそう考える。生きているとは、環境や社会とコミュニケーションをしてどんどん変わっていく。そういうこと。ただ食べて排泄すると言うことではない。30歳、50歳といろいろな経験をし(技能などが)開発されるが、それは遺伝子にどこかで転写されているのか。アーサー・ケストラーはそれが「ある」と言ったが、まぁ、あるとしてもほんのわずか。これでは、クローンが同じ生命であるとはいえない。

大:ジャック・モノーのようにノーベル賞を受賞した科学者が哲学に踏み込むような本を書いていた。1960~70年代はそういう学者がいたが、それ以降、理科系でそうした展開をした学者は皆無。一方で、Googleが出している世界で最も読まれた本100冊には、1位はトマス・クーンのパラダイムの本だが、マイケル・ポランニーの本が数冊入っている。日本では理系の学者が科学哲学を読むなんてことは滅多に無いが、アメリカでは少なからずいる。

栗:私なんかは、再生医療がどんどん進んで、臓器等のパーツが様々に入れ替えられていくなかで、一般人含めてイヤでも「同じ人間か」「同じ生命か」ということを考えざるを得なくなってくると思うし、それで良い。

大:生命とは何か。人類誕生以来の問いであり、様々な答えがある。ギリシャ時代のタレスは「代謝だ」と言ったし、産業革命時代は「子供を生むこと(re-production)」だと言った。今は「生命とは情報だ」という言われ方もする。皆、時代的制限を受けた回答しかできていない。もう少し時代を超えた回答をしていると私が「信じて」いるのはマイケル・ポランニーで、感覚や精神、本能や進化は全て同じ枠組みで考えるべきだ、というものだ。

栗:既に言っていることだが、私個人について言うと、ときどき結論が「外から」来ているような気がする。いわゆるインスピレーションや霊感というものだが、これが遺伝子で解明できると云う人が居たら、まぁ「勉強してよ」と。魂とか心の問題に触れない学者。関心はあるがアブナイ領域だと思って避けている面がある。(学者を長くやってきて)もう一つ考えられるのは、非常にシンプルな結論、そう、例えば「他の誰かの指令によって生かされている」という結論が出たら怖い、そう思ってるんじゃないか。地球人は火星人の指令で生きている、そんなことが判ってしまったらなんか気分がわるいじゃないか。そういうことがあるんだと私は思う。難しい問題だから遠ざけているという側面と、単純で怖い結論が出そうだからという側面。

大:人間にとって死とはなにか。物理化学で考えると、死体でも直後には細胞が数億個は活動している。これでは何がなんだかわからない。境界例はあるにしても、反応の有無、コミュニケーションの有無という、ある種チューリング・テスト的なものが判断基準にならざるを得ないのでは。

栗:生命の基本は、ある関係に対して反応すると言うことだと思う。この反応がばらばらでは駄目。反応のシステムが重要。

大:哲学者を研究するのが哲学ではない。それは「哲学」学。本当に生命とは何かを考えようとすれば、「哲学」学をやるよりは、生命科学や再生医療に進む方がずっと「哲学」できる。

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大変に面白かったが、話の中味は「生命とは何か」というよりも、「個体」や「同一性」とは何か、という議論だったようにも思う(ボグダーノフを読んでいるような気分になった)。

栗本慎一郎」は、経過する人生の刻の中における生理的かつ心理的な自我の同一性を指し示すが、厳密な意味でこの同一性は保持されない。生理的な身体は3ヶ月で血液は全て入れ替わり、骨や臓器なども分子レベルでは1年で入れ替わる。心理的な自我も幼少期から青年期、壮年期と高齢期では異なる。再生医療を持ち出すまでも無く、我々の「同一性」は日々失われ、再生されている。

議論としては、再生医療・臓器移植がもともとの関係性を維持した全体システムの中に埋め込まれる場合と、パーツの変更が全体システムの関係性そのものを変えてしまう場合とは、分けて考えたほうがよさそうだ。